いい意味でも悪い意味でも、いやおうなしに太東のランドマークがこのピンクマンションだ。
あろうごとなきデザイン。しまも全面ピンク塗り。いったいどうしてこんな建物が、こんな場所に建ってしまったのか。地元の漁師に聞いてみた。
「最初はこの建物、ラブホテルの予定で建設されていたのじゃ。しかしその会社がバブルで倒産。工事が途中で止まったままじゃった。そこをある不動産屋がそのまま買い取ってリゾートマンションにつくり変えてしまった。なぜピンクなのかは、オラにはわからん」
なるほど。十分な情報だ。
しかし、せめて白にして欲しかった。
とにかくこのマンションは目立つ。
最高の立地。おそらく窓からのビューは圧巻だろう。
いつ前を通っても駐車場には高級車がズラーっと並んでいる。入居率は100%に近そうだ。
そんな分析をしながら、何度か前を横切っている時、僕の奥底に眠る、ある記憶が蘇ってきた。
「もしかして、僕はここに来たことがあるのではないか!?」
それは大学に入ったばかりの頃の淡い記憶だった。
同級生の大人っぽい、そして少し謎めいた女の子がいた。
どういうわけかその子は、田舎から出てきてまるでパッとしない僕に興味を持ってくれた。
ある日、彼女が千葉の海辺の友人のマンションに一緒に遊びに行こうと誘ってくれた。
僕は激しい気後れと、そしてほんの少しの期待を胸に、おずおすと車の助手席に乗ってついていった。
そこで僕は生まれて初めて、東京の大人の世界を垣間見ることになる。
現地に到着してわかるのだが、その友人というのが年上のいかにもお金持ちの男で、彼女はそいつの女であるということ。別荘はそいつの持ち物で、彼女はときどきここに遊びに来るということ。僕はどう振る舞っていいのかまったくわからず、終始困惑したつくり笑いをしていたような気がする。それが軽いトラウマになったのは言うまでもない。
いまだに、なぜ彼女が僕をそこに連れてきたのかわわからない。もしかすると、年上の彼へのあてつけだったのかもしれない。確かに鈍くさい年下の僕は、そのアテにはぴったりだ。
激しいショックゆえに、そのときの記憶はあまり定かではない。人間、イヤな思い出は適当に削除するようにできているものらしい。しかし海辺のマンションがピンク色だったような気がして仕方ないのだ。周りの風景も似ているような気がする。だとすると彼女は、その男は、まだここにいるのだろうか。そんなはずはない。それから20年以上の年月が流れ、謎めいた女の子も40歳を過ぎている・・・。
そのピンクマンションの先に、同系のコンセプトでつくられたのではないかと思える、通称オレンジ・スタジオ(命名、オレ)がある。
トンネルを抜けたすぐ先、目に前には奇岩が並び、湾状になった海はまるでサスペンスドラマのセットのような場所にある。房総の荒い波がザパーンと打ち寄せ、その風景はどこかうら寂しい。僕はその風景が好きで、ときどき訪れる。
ある日、その海辺で一緒にいた友人にピンクマンションの不思議な思い出の話をしてみた。すると彼は、
「実は、オレはこのオレンジ色の建物、どっかで見たことある気がするんだよな」
と言った。もしかすると彼にも、僕のようなせつない思い出が、この房総の海辺にあるのだろうか。妙な共感を覚え、僕は彼の肩をひしっと抱きたくなった。男とは、いろいろな経験をしながら成長していくものなのだ。
帰りの車のなかで彼が言った。
「あ、思い出した。あのオレンジ・スタジオ、最近見たアダルトビデオの舞台だったような気がする!」
・・・・。
確かに男の成長には必要な思い出ではあるかもしれないが、一緒にしないで欲しい。
そう思いながら房総の海を後にした。