この頃から少しづつ、気持ちのなかに占める房総の割合が大きくなっていた。
この日、近所のキャッシュディスペンサーに寄ったときに、あるパンフレットが目に飛び込んできた。
「セカンドハウスローン」
ん・・・。
僕にもそんなローンが組めるのだろうか? そんな思いがふと脳裏をよぎった。
もし、そんな便利なローンがあるのなら、使わない手はない。ものは試し、早速パンフに書いてあった番号に電話を掛けてみることに。房総がぐっと近くなった瞬間だ。
「もしもし、御社をメインバンクとしている者ですが、セカンドハウスローンについて聞きたくて電話しました」
それから名前や口座番号など基本的な情報を聞かれ、相談が始まった。
房総に魅力を感じていること、そこが東京から時間距離で一時間ちょっとであること、そこにセカンドハウスをつくってみようかと思い立ったこと・・・。今考えると、必ずしも銀行が知りたい情報ではないことばかりを話したような気がする。ローンを使いたい動機や場所のポテンシャルを銀行に話しても意味がない。しかし僕はローンのことを初めて銀行に相談するド素人、要領を得ない。ぎこちない会話がしばし続く。
「もう購入する家はお決まりですか?」
いや、まだあの辺り、という漠然としたエリアしか決めていない。
「どのくらいの予算をイメージされていますか」
いや、まだそんなとこまで考えたこともなく、とりあえず勢いで電話しただけなんだが。
丁寧だが矢継ぎ早の質問に、僕はモゴモゴ歯切れの悪い答えを繰り返すだけ。そして、その質問はやってきた。
「都心のご自宅は、いつ頃ご購入でしょうか?」
「いや、都心の住居は賃貸です」と、僕。
「・・・・・・」
しばらく気まずい沈黙が流れた。
電話の向こうの彼女は、半ば呆れたような声でこう言った。
「セカンドハウスローンは、二番目の家のためのローンです」
最初、何を言われたのか意味がわからなかった。そして一拍おいて気がついた。
そうか、一軒目の家を持っていない僕には、そもそもセカンドハウスの概念は適用されない。銀行的には、賃貸で借りているマンションは一軒目(ファーストハウス)とは数えないのだ。
知ってる人には当たり前のことかもしれないが、知らない僕には衝撃の事実。
僕は、「すみません。間違えました」と言って電話を切った。
独特の敗北感を味わったことは言うまでもない。電話の向こうではかぶりを振りながら「時々いるのよね、こういうわけのわからない客」と吐き捨てる若い女性行員の姿が目に浮かぶ。もちろん、悲しい被害妄想であるけれど。
僕の最初の銀行へのアクセスは、こうして苦い経験となったのだった。