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2008.6.24

左側食堂

馬場正尊
 

上総一宮の駅を降りると、目の前に食堂が二つある。
どちらも、そんなに前向きに商売をしようという意気込みは薄く、
ずっと長い間、安定的に存在している店構え。小さな駅前によくあるタイプだ。

右側の食堂は、みやげものなども一緒に置いてあり、ウェルカム感が出てはいるのだが、
左側の食堂にいたっては、そもそも営業しているのかどうかもわからない。

「お食事」としか表示がなくて、店の名前も書いていない。
およそ他者を寄せ付けない、極度にストイックな店構えをしている。
今まで近づいたこともなかった。

この日は少し寒かった。
佐々木さんと駅で待ち合わせをしていたものの、僕が早く着いたために1時間弱の時間を過ごさなければならない。
駅の小さな待合室で過ごすのもなんだし、そもそも少しお腹がすいている。
僕は勇気を持って、駅前の左右の食堂に近付いていった。
まずは右側食堂。
店先のおみやげものを眺めていると、「いらっしゃいませ」と話しかけられた。
みやげものを買うつもりがない僕は、一瞬たじろぎ、気まずくフェードアウト。
食堂の入口までたどりつけなかった。食堂の中には「刺身定食」などのメニューがチラリと見えていた。もしかするとおいしかったかもしれない。
しかしタイミングを失ってしまった僕は、隣の左側食堂の方へと流れて行った。

「この店、ほんとにやってるのかな?」
と思いながら、乱雑に張り紙がしてある窓ガラスのかすかな隙間から中をのぞき込んだ。
すると、バチコーンッ! と店内のおばさんと目があってしまった。
「人がいる・・・」
驚きと同時に、出会い頭だったために僕は、まるでヘビに睨まれたカエルのように動けなくなってしまった。
「あんた、私と目が合っておいて入らないわけないわよね」
と、言われたわけではないけれど、僕はそのおばさんの強い視線に吸い込まれるように、
気がつくと、ガラガラと軽いアルミサッシの引き戸を開けて中に入ってしまったのだ。


このおばさんと目が合った。その眼力からは逃れられなかった・・・。

入ったからと言って、「いらっしゃいませ」などという生やさしいあいさつなど、この店には存在しない。
中には独特の空気が流れている。
壁に掛かっている神棚を中心にメニューが配置され、
カレー、うどん、ラーメン、天ぷら、刺身、ギョーザまで幅広い分野が網羅されている。

特に注目したいのはテーブルと椅子で、そこから漂う時代感は何とも言えない。
置いてあるモノ、レイアウト、そしてそこにいる客と店主(実は、客が二人いた)のたたずまい・・・
まるで映画のセットのようだ。
よく見渡してみれば、ちょっとした家財道具も店内に点在していて、生活の一部が、店内にしみ出しているのが心憎い。二階は家になっているようだ。
この日、僕は無難に天ぷらそばをオーダーしてみた。

そばをすすりながら、妙な気分になっていた。
というのは、この空間が、僕の高校時代の記憶を呼び起こしていたからだ。

僕は高校のとき、親の転勤と重なって、小さな食堂の二階に独りで下宿していた。
田舎の県立高校で下宿はめずらしく、おそらく学年で僕だけだったのではないだろうか。
「川見屋食堂」という名前のその食堂は、文字通り川の目の前にあって、おそらく数十年間、淡々とここで店を続けていた。
店内は昭和を通り越して、戦前や大正の風情さえ残していた。僕は、その空間で高校の三年間という多感な時期を過ごしたのだ。
思い起こせば、先日このブログに登場した現在の嫁と初めて××をしたのも、この食堂の二階だった。
そして、上総一宮駅前のこの食堂の店内の雰囲気が、僕が高校時代を過ごした川見屋食堂に、あまりにも似ている。
特に、椅子とテーブルはまったく同じモノなのではないだろうか。ちょっと汚れて油がうっすら乗った小道具さえ、いとおしく感じだ。


なつかしさや、切なさがいろいろ混ざって、天ぷらそばがしょっぱくなりそうだ。

名も無き上総一宮駅の食堂。
僕はここを、「左側食堂」と名付けることにした。
時々、吸い込まれてしまいそうだ。高校時代を思い出すために。

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このブログについて

東京R不動産のディレクターでもある馬場正尊が、ふとしたきっかけから房総に土地を買い、家を建て、生活を始めるまでのストーリー。資金調達から家の設計、周辺の環境や人々との交流、サーフィンの上達? まで。彼の人生は些細な気づきから、大きくそれていくことになる。馬場家の東京都心と房総海辺の二拠点生活はこうして始まった。
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著者紹介

馬場正尊

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